ハラスメント人材を採用すると「企業が違反になる」時代へ― カスハラ義務化が突きつける採用責任の転換 ―
企業におけるリスク管理は、これまで主に外部からの脅威を前提に設計されてきました。サイバー攻撃や情報漏洩に対しては、多くの企業が高度な対策を講じています。しかし、その一方で長らく見過ごされてきた領域があります。それが「人材リスク」、とりわけ採用に起因するリスクです。
採用は企業成長の基盤であると同時に、最も無防備な入口でもあります。どれほど厳重なセキュリティを構築しても、正規の従業員として組織に入った人物には、業務上必要な権限が与えられます。その結果、内部からの問題行動は、外部攻撃以上に深刻な影響をもたらすことがあります。
この構造に決定的な変化をもたらしているのが、2026年以降に本格化するカスタマーハラスメント対策の義務化です。この制度は単に顧客対応のルールを整備するものではありません。企業に対し、「従業員を守る責任」を明確に課し、その責任の起点を採用段階にまで拡張するものです。
何が起きているのか
― カスタマーハラスメント対策は企業の義務へ
近年、カスタマーハラスメントは社会問題として顕在化しています。暴言や威圧的な要求、長時間の拘束といった行為は、従業員の心身に深刻な負担を与えています。これまで企業は、これらを現場の問題として処理する傾向がありました。しかしその結果、従業員のメンタル不調や離職が増加し、企業の持続的な運営に影響を及ぼすようになりました。
こうした状況を受け、制度の前提が変わりつつあります。企業には以下のような対応が求められるようになります。
- カスハラに対する明確な方針の策定
- 従業員保護のための具体的措置
- 発生時の対応体制の整備
重要なのは、これらが単なる推奨ではなく、「実施していなければ問題となる」性質を持ち始めている点です。
ここで企業の立場は大きく変わります。従来は「トラブルへの対応主体」でしたが、今後は「トラブルを防ぐ責任主体」として評価されるようになります。
2026年以降に起きる構造変化
この制度変更が意味するのは、「事後対応から事前管理への転換」です。問題が起きた後に適切に対応するだけでは不十分になります。企業は、問題が発生する前にどれだけ予防措置を講じていたかを問われます。
ここで重要になるのが「予見可能性」です。企業がそのリスクを事前に認識できたか、そしてそれに対する対策を講じていたかが判断基準となります。
たとえば社内でハラスメントが発生した場合、企業は次のような問いに直面します。
- その人物に問題傾向はなかったのか
- 採用時に確認する機会はなかったのか
- 防止するための仕組みは存在していたのか
これらに対して合理的な説明ができなければ、企業は管理責任を問われる可能性があります。つまり、ハラスメントは現場の問題ではなく、企業の統治責任の問題へと完全に移行するのです。
なぜ採用と直結するのか
― ハラスメントは入社後に生まれるものではない
ハラスメントを「入社後に発生する問題」と捉えるのは正確ではありません。実際には、その多くが特定の行動特性に基づいて繰り返されるものです。
高圧的な言動や他責的な思考、感情のコントロールの難しさといった特徴は、特定の環境だけで突然現れるものではありません。むしろ、過去の職場においても同様の傾向が見られていることがほとんどです。
問題は、それが採用プロセスではほとんど可視化されない点にあります。面接という短時間の場では、応募者は自己をコントロールし、企業が求める人物像を演じることができます。近年ではAIによる面接対策も進み、受け答えの質はさらに均質化されています。
その結果、表面的には問題のない人材として評価され、採用に至るケースが増えています。しかし、組織に入った後、長期的な行動の中で本来の特性が現れ、ハラスメント問題として顕在化するのです。
問題社員の採用はなぜコンプライアンス違反になるのか
制度の変化により、企業の責任の所在は明確になっています。問題が発生した際には、「なぜ採用したのか」が問われます。
ここで重要なのは、採用判断が事後的に検証される対象になるという点です。企業は採用プロセスの妥当性を説明する必要があります。どのような情報をもとに判断したのか、その判断は合理的だったのかが評価されます。
もし判断の根拠が「面接での印象」や「本人の説明」に偏っている場合、それはリスク管理として不十分と見なされる可能性があります。つまり、採用の失敗は単なる判断ミスではなく、管理不備として扱われるリスクを持つのです。
この変化は極めて重大です。従来は「結果責任」にとどまっていたものが、今後は「プロセス責任」へと拡張されます。採用そのものがコンプライアンスの対象領域に入ることを意味します。
リファレンスチェックという現実的な解決策
― ハラスメント傾向は前職にしか現れない
この問題に対して、企業が取るべき対応は明確です。過去の行動を確認することです。
ハラスメント傾向は面接では見抜けません。なぜなら、面接は短時間であり、かつ応募者が最も自己をコントロールする場だからです。そこで得られる情報には限界があります。
一方で、前職における評価は、長期間の実務を通じて形成されたものです。日常的な行動、対人関係、ストレス下での振る舞いといった要素は、第三者の評価に蓄積されています。
リファレンスチェックは、この第三者評価を取得する手段です。過去に同じ職場で働いた上司や同僚からの情報は、応募者自身の説明では得られない現実的なデータです。
特に重要なのは、次のような観点です。
- 対人関係における摩擦の有無
- チーム内での振る舞い
- ストレス環境での言動
これらは、ハラスメントリスクと直接結びつく要素です。
リファレンスチェックの役割は、優秀な人材を見極めることだけではありません。問題を引き起こす可能性のある人材を排除する目的もあります。この視点を持たなければ、制度環境の変化には対応できません。
まとめ
カスタマーハラスメント対策の義務化は、企業に対して新たな責任を課しています。それは単にトラブルに対応する責任ではなく、トラブルを未然に防ぐ責任です。
この責任の中核にあるのが採用です。問題社員の存在は、もはや個人の問題ではありません。その人物を採用した企業の判断が問われる時代になっています。
採用は人材確保のプロセスであると同時に、リスク管理のプロセスです。この認識を持たなければ、企業は知らないうちに重大なコンプライアンスリスクを抱えることになります。
一般社団法人企業リスク防衛管理会の採用前リスク管理
一般社団法人企業リスク防衛管理会は、こうした採用リスクの変化に対応するための実務支援を提供しています。単なる調査の実施にとどまらず、採用プロセス全体をリスク管理の観点から再設計することを目的としています。
リファレンスチェックの導入支援を通じて、企業が採用段階でリスクを把握し、適切な判断を行える体制を構築します。また、ハラスメントリスクを含む人材リスクの評価基準を明確化し、属人的な判断に依存しない仕組みづくりを支援します。
制度が変わった今、求められるのは個別対応ではなく、再現性のある管理体制です。採用を起点としたリスク防衛を確立することが、企業の持続的な成長を支える前提条件となっています。